2013年11月の日記


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  2013年11月16日(土)  台北  「保安宮」  「忠烈祠(ちゅうれつし)」 「故宮博物館」
 台湾ツアー5日目
 「保安宮」  茶芸体験と民芸品店
 「忠烈祠(ちゅうれつし)」  「故宮博物館」 「鼎泰豐」(デンタイフォン) 

 今までのホテルの朝食は、たくさんの宿泊客が殺到して、ゆっくりと料理を
 選んでいられないし、落ち着いて食べていられる雰囲気ではなかった。
 昨夜、泊った「花園大飯店」(5つ星ホテル)は、違っていた。
 料理をお皿に取るのに、並ばないですむからだ。 小さな幸せ!(笑)
 パンも主人の大好きなクロワッサンが、何種類もあった。
  「保安宮」 資料より
 1742年に建立された、医学の神様である保生大帝をを主祀とする「保安宮」。
 「保安宮」は龍山寺、清水祖師廟と並び、台北の三大廟のひとつに、数えられている。
 「保生大帝」という医学の神様を祀ったお寺、ということで健康・長寿を祈りに
 来ているわけなのです。
 また日本占領時代は、徴用されて日本語学校として使用されていました。
 「保安宮」は、金ピカではなく落ち着いた感じのお寺だった。
 南国の台湾は樹の途中から根が伸びている「がじゅまる」が多い。
 茶芸体験と民芸品店へとバスで移動。
 この店は、高価な家具、調度品、芸術的な価値のある品物が、
 展示されていて見応えがあった。
 何種類ものお茶を入れてくれて、試飲をさせてもらった。
 美味しかったが、高価なお茶なので、私は買わなかったが。。(笑)
 次は「忠烈祠」へ。。
 ガイドの林(リン)さんが、見た方がいいと「衛兵交代式」がある10時に
 合わせて時間を調整してくれた。
   「忠烈祠(ちゅうれつし)」 資料より
 辛亥革命や抗日戦争で倒れた軍人・著名な政治家・国家に貢献のあった人々の
 英霊33万柱を祀る場所です。 入口に当たる大門から英霊を祀る大きな位牌の
 ある大殿までの間を朝9時から毎正時に儀杖兵によって行われる衛兵交代式の
 セレモニーが観光名物となっています。
 忠烈祠 入口の大門です。門の両脇には、台に乗り銃剣を持った衛兵が
 ピクリともせず直立不動で立っています。観光客の皆さんは、ここで記念撮影。
 衛兵を間に挟んでの記念撮影もなんら問題はありません。
 ただし、衛兵に話しかけたり、からかったりする行為は厳禁です。
 大門をくぐると広々とした中央広場です。実際には広場というよりは参道です。
 中央広場の参道を100mくらい進むと山門があります。
 陸・海・空軍より選抜された兵士が、1時間交代で大門と大殿を各2人ずつで
 守っている。任務に就くと1時間微動だにせず、立っているとの事。
 身長175cm 〜 195cm、体重制限もあり、厳しい訓練が課せられ、
 それを成し得た者のみが儀仗兵になれると林(リンさんから聞いた。
 給料は、それ程でもないが、退職後は、民間企業から特別待遇の高給で
 迎えられとの事で、台湾では憧れの儀仗兵だ。
 30分の衛兵交代式は、緊張感のある厳かな雰囲気で、進んでいった。
 背の高い兵士が、一糸乱れず行進して行く姿を目の前にして、かっこいい〜!。。
 ついつい何枚も写真とビデオを撮った。  ビデオは→ここ
 次に「故宮博物館」に向かった。
 昨年、北京のツアーに行った時、北京の「故宮博物館」に行った。
 ガイドの中国人が、台湾の中国の大事な歴史的国宝級の物が持ち去られたと
 憎々しげに話していた。
 蒋介石が台湾に逃れた際に、紫禁城(故宮)の重要な宝物をほとんど持ち去った。
 台湾の多くの庶民にとって、台北故宮が必ずしも「誇り」の対象でない。
 中華民国から分裂した感じの台湾にとって紫禁城(故宮)の重要な宝物は
 「すごい」とは思っても、親愛の情や誇りを持っているわけではないのだ。
 博物館の中ではカメラ撮影は禁止だ。
 ネットの中から探した「翠玉白菜」と「肉形石」の写真。
 下↓の写真は「故宮博物館」でもらったパンフレットをパソコンでスキャンして
 写真の部分を切り取ったものだ。 画像は悪いが仕方ない。
   「故宮博物館」 資料より
 世界4大博物館と称される60万点以上のコレクションを誇る台湾の故宮博物院。
 中国皇帝たちのコレクションなどの中でも人気の「翠玉白菜」や、
 肉の角煮そっくりな「肉形石」など、数々の至宝は必見です。
 来年日本で初めて開かれる台北・故宮博物院展の調印式が16日、台北郊外の
 同院で日台双方の関係者が出席して行われた。
 中国王朝芸術の粋を集めた台北・故宮コレクションのうち、人気の高さからこれまで
 海外展示が見送られてきた清代玉器の逸品「翠玉白菜」「肉形石」を含む計231件が、
 東京と福岡で公開される。
 東京国立博物館(東京・上野)で来年6月24日〜9月15日、
 九州国立博物館(福岡県太宰府市)で10月7日〜11月30日に開催される。
 今日が土曜日だったせいもあるのか、ものすごい人で、大混雑していた。
 ゆっくり見ているような雰囲気ではない。
 ひとりひいとりに、ガイドの林さんの説明が聞こえるようにとイヤホーン付きの
 器具を持たされた。 有名な「翠玉白菜」や、その他いくつかの芸術品の説明を
 その作品の前に行き、説明された。
 その後、個人で見る自由時間もあったが、あまりの混雑に見学をあきらめて
 外に出た。 素晴らしい庭が広がっていた。
 「故宮博物館」でツアーの2人が迷子になった。
 林さんが、迷子になったら、1階のこの場所で集合時間に集まって下さいとの
 支持があった。 でも迷子になった人の家族は心配していた。
 せっかくの芸術品を見ている余裕は、ないように思えた。
 集合時間には、全員が無事揃って、昼食の店「鼎泰豐」(デンタイフォン) に
 向かった。

   「鼎泰豐」(デンタイフォン) 資料より
 「世界の10大レストラン」に選ばれた小籠包(ショウロンポウ)・点心を始めとした
 台湾 料理・台北料理の店。 多くの観光客が、やって来る聖地「鼎泰豐」。
 台湾人の多くも、大人から子どもまでお馴染みの店。
 中国山西省出身の楊秉彝(ヤン・ピンイー)によって、台湾台北市に第1号店が
 開かれた。鼎泰豐は、食用油を販売する油問屋として開業した。
 小籠包の販売は、食用油の売り上げが落ち込んだ時期に、副業として開始された。
 その後、鼎泰豐の小籠包は地元民に評判となり、小籠包の専業食堂に商売替えをした。
 1993年アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙で「世界の10大レストラン」に選ばれた。
 同紙の紹介によって一躍知名度が上がり、台湾国外から多くの観光客が、
 台北の店舗に来店する転機となった。その後、台湾国外店舗としてロサンゼルスと
 東京の店舗を開店させ、続く国外の店舗を次々と開店していった。
 予約しておいたと云うのに、店の前には長い行列が。。
 予約の意味がないじゃないのと思うのだが。。
 1時間以上待ってで、やっと店の中に。。
 始め茎わかめのような海藻の和えものが、運ばれてきた。ま〜ま〜美味しかった。
 次に、待ちに待った小籠包が。。 ひとり5個づつ。
 熱々の肉汁のスープを始めに飲んで、それから残りを口に入れて食べた。
 これが、本場の小籠包だね。 美味しかった〜
 海老焼売と青菜の餃子。
 甘いパイナップルあんが入った餃子。 イマイチ〜
 最後に酸辣湯(サンラータン、スーラータン)のスープが。。
 酸味豊かな辛みのある スープで年間を通して食べられる料理だ。
 鶏肉、豆腐、シイタケ、キクラゲ、タケノコなどが入っている。
 酸っぱいのが苦手なのか、残している人がいたが、私は大好きな中華スープだ。
 「鼎泰豐」で思いがけずの待ち時間があったため、大急ぎで食べた後、
 台北の桃園空港に向かった。
 出発時間の1時間45分前に空港に着いたのだが、搭乗手続きの列が延々と
 続いている。 そのまま、行列に並んでいては間に合いそうにないと
 ガイドの林さんが別の窓口があるのか2人分づつ、パスポートを持って手続きを
 して搭乗券をもらってきてくれた。
 その後、荷物を預けるのも、融通を効かせてもらって、やっと搭乗の検査へ。。
 なんと、ここも もの凄い行列。 飛行機の出発時間を過ぎてしまった。
 その後、かなり遠い搭乗口まで走って走って。。
 結局、この便に乗る予定の人のかなり多くが間に合わず、大幅に遅れての
 出発となった。
 夕食の機内食が5時頃に出されたが、お腹がすいていない私は半分以上残してしまった。
 成田にはPM9時過ぎに無事、到着。
 トイレで冬の洋服に着替えて空港の外に出た。 迎えの車で駐車場へ。。
 我が家の車に乗り替えて宇都宮へ。。 
 見どころ満載の台湾の旅行。 大満足の旅となった。 楽しかった〜〜


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  2013年11月15日(金) 「太魯閣峡谷」 「九イ分(きゅうふん)」  台北「行天宮」 「龍山寺」
 台湾ツアー4日目
 「太魯閣峡谷(たろこ)」 
 総合土産店と大理石工場
 瑞芳へ   花蓮発のローカル列車で(約3時間)
         「九イ分(きゅうふん)」
 台北へ(約1時間)
         台北市内観光とショッピング
         「行天宮」   免税店
 「太魯閣峡谷(たろこ)」 資料より
 台湾の国立公園。総面積は9万2000ヘクタール。
 公園内の太魯閣渓谷(タロコ渓谷)は、立霧渓が大理石の岩盤を侵食して形成された
 大渓谷。奇岩怪石と水の美しさゆえ、台湾の中でも特に人気のある観光地である。
 「タロコ」の地名は流域の台湾原住民タロコ族の言葉で「連なる山の峰」を指すとも、
 高名な頭目の名に由来するともいう。
 険しい断崖はかつてのサンゴ礁の海底が隆起してできた大理石の崖。

 ホテルを7時40分発 1番楽しみにしていた「太魯閣峡谷(たろこ)」へ
 太魯閣をたろこと読むと知った。 たいろかくかなと思っていた私だが。。
 その絶景に圧倒され、感動した。
 大理石の埋蔵量3000億トンとも言われる断崖は、まさに台湾の景勝地。
 切り立った崖に道が作られていて、そこを歩いて行くと。。
 頭の上まで岩が突き出ている。 奇岩だね。(笑)
 雨が少ないのか川の水は少ししか流れていなかったが
 水の色が透明感のある薄い緑色(ターコイズグリーン?)で、きれい〜
 崖の大理石の崖が削られて、川の底に沈み、この見た事もない
 川の水の色になったのか? 初めて見る雄大な景色に本当に感動した。
 はるか先に見える赤い屋根の寺院は崖の上に建っている。
 その寺院の下には滝が流れている。 行ってみた〜い!
 少し、時間がかりそうだが、歩いていく事にした。
 崖に沿って細い道が作られている。
 その細い道の脇に崖を削って作った道が。。主人に立ってもらって写真をパチリ!
 やっとたどり着いた寺は、小さな寺院だった。
 まだ、その先に崖に階段を登る道がある事が分かった。
 同じツアーの人4人と行ってみようと、挑戦する事になった。
 もちろん、主人は待っていると。。(笑)
 細くて急な階段を登って行ったが、行けども行けども、先が見えない。
 寺院があるらしいのだが、あと何分位とかの標識があるにならいいのだが。。
 集合時間に遅れてしまったら大変と戻る事にした。
 帰りの方が大変だった。 細い鎖を命綱に降りた。(笑) 
 主人が遅いな〜って顔で待っていた。
 寺院の中を流れる滝の写真を撮って、集合場所まで急いで戻る。
 感動の「太魯閣峡谷」を後にして、バスで瑞芳へ
 花蓮発の電車に乗って「九イ分(きゅうふん)」に向かう。
 日本のローカル電車という感じだ。 汚くはない。 
 この車両の乗客は、ほとんどが日本のツアー客のようだ。
 しばらくすると、ガイドさんが手配しておいてくれた台湾の駅弁が届いた。
 日本の駅弁と違って、見た目が美味しそうではない。(笑)
 丸い発泡スチロールの器の中にご飯、その上に空芯菜の炒め物が乗っていて
 その上に、いろいろな中華料理が乗り、お肉もあり1番上に魚のフライが。。
 通路横の席のガイドさんを見ると、お弁当のふたの上におかずを移して、食べていた。
 そうか!と私も真似をした。 食べてみると、味はまぁ〜まぁ〜という感じだった。
 台湾の駅弁は1種類しか売っていないそうだ。 日本とはエライ違いだね。(笑)
 「九イ分(きゅうふん)」 資料より
 もともとは何もない台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀末に金鉱が発見されたことで
 徐々に町が発展し、日本統治時代に町としての最盛期を迎えた。
 その後70年代に金鉱が閉山されてからは急速に衰退し、一時は人々からも忘れられた町と
 なっていたが、80年代末に侯孝賢監督がここを映画「悲情城市」のロケに使ったことで
 再び町として脚光を浴びるようになった。
 現在では「悲情城市」の名前を付けたレトロ調で洒落た喫茶店やみやげ物屋などが
 次々に建ち並ぶなど、かつての金鉱の町から観光地へとその姿を変えている。
 街並みは日本統治時代の面影を色濃くとどめた、全体としてレトロ調な街並みであり、
 当時の酒家(料理店)などの建物も多数残されている。
 日本では宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった街として
 紹介される事が多いが、真偽の程は分からない。

 ガイドさんの説明だと、1年365日のうち、210日以上は雨が降っている町との事。
 雨が降っていない方が珍しいと。。
 列車が「九イ分(きゅうふん)」に近づくにつれて車窓の景色が、曇りになり、ついに雨が
 降りだしてきた。 「九イ分(きゅうふん)」は雨の町と実感した。
 傘をさしながら、両脇を可愛いお店が並ぶ細い道を歩いていく。
 ゆっくりと見てみたいお店もあったが、ガイドさんの後をついて行くのに、精いっぱい!
 迷子になったら、大変な場所と、聞かされていたので。。
 道が坂になっている手前に「千と千尋の神隠し」のモデルになったと云われている
 「千と千尋の神隠し」のモデルになったお店があった。 写真をパチリ!
 雨だったので、「九イ分(きゅうふん)」は、楽しめなかったという思いの中、
 傘をさし、バスの駐車場までとぼとぼと歩いて行く。 一路、台北へ。。
 なんと!30分もすると雨は止んでいた。 「九イ分(きゅうふん)」の雨は、仕方ないと。。
 台北で人気の「行天宮」に向かった。  「行天宮」 資料より
 その人気は台湾一といっても過言ではないほど。毎朝早いうちから境内は
 お線香の煙に包まれ、週末ともなればお祈り待ちの行列ができるほど。
 行天宮のご本尊である關聖帝君  人気の理由として、ご本尊が商売の神様である
 「關聖帝君」であることが挙げられるでしょう。關聖帝君とは、三国志でおなじみの
 関羽雲張のこと。真っ赤な顔と、黒くて長いヒゲが特徴です。
 関羽雲張は劉備玄徳に仕える武将でしたが、主君への忠誠心が尊ばれ、
 そろばんや簿記の発明者と考えられていることが有力な説である模様。
 商売熱心な人が多い台湾で、このお寺が人気というのも納得です。
 多いときで1日に2万人以上が訪れるとされる、台北地域でも人気の高い
 寺院・観光地のひとつである。
 「龍山寺」 資料より
 1738年、福建省泉州から渡来した人々により、福建普江安海龍山寺の分霊として
 創建された。台北市内で最古の寺院であり、国家古蹟であると共に、台北101、
 故宮博物院、中正紀念堂と並ぶ台北市の「四大外国人観光地」とされる。
 清水巌・大龍洞保安宮と並ぶ「台北の三大廟門」といわれる。
 台北、最強のパワースポットと呼ばれる龍山寺(ロンサンスー)。
 台湾で最も古いお寺で、観光客が訪れるだけでなく、台湾の方々も熱心に
 参拝する有名なお寺です。このお寺には、ありとあらゆる神様が祀られており、
 オールマイティーのお寺としても知られています。
 今日の夕飯はツアーについていないので自由。
 町の中を散策していたら、モールの中に日本式ラーメンのお店があった。
 麺類が大好きな主人は、麺類が食べたいと言いだした。
 とんこつラーメンと海老の揚げものが乗ったうどんを注文した。
 少し、味が薄い感じがしたけど、充分に美味しかった。 満足、満足。
 会社がえりなのか、オートバイの列がすごかった。 ちょっとパチリ!
 台湾はオートバイに乗っている人が多い。
 学校まで親がオートバイで送る。 子供を後ろに乗せて走っている。
 台湾の大型スーパーにも寄ってみた。
 幼い竹の子のラー油漬けみたいなのが売っていたので、買ってきた。
 今日の宿は花園大酒店(台北ガーデンホテル)。 5つ星のホテルで、かなりいい。
 ベッドが3つ。 お互いにいびきが気になるので、両端のベッドに寝た。
 今夜はぐっすりと眠った。(笑)


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  2013年11月14日(水)   高雄  「寿山公園(じゅざんこうえん)」 「三仙台」  
 台湾ツアー3日目
 高雄市内観光 「寿山公園(じゅざんこうえん)」 民芸品店
 バスで台東へ移動 (約3時間30分)
 「三仙台」 「八仙洞窟」
 バスで花蓮へ移動(約3時間)  途中、花蓮の「北回帰線標誌」へ
 「寿山公園(じゅざんこうえん)」 資料より
 「寿山」は高雄市の西、台湾海峡に面して南北に走るサンゴ礁の上にできた丘陵地で、
 「柴山」(しばやま)とも呼ばれている。高さは362mで、野生の赤毛猿が生息している。
 日本統治時代の1920年「高雄山」に改められた。しかし、1923年に皇太子(昭和天皇)が
 台湾を訪れたのを記念し、現在の「寿山」と呼ばれるようになったのである。
 中腹の忠烈祠付近からは高雄市内が一望できる。
 忠烈祠 (ちゅうれつし). 日本統治時代は、高雄神社と 言う日本軍部の神社でしたが、
 戦後、台湾愛国の英霊を祀った忠烈祠に改められました。
 高雄「寿山」の「忠烈祠」まで階段を登って行く。 きのうも階段が多かった。
 かなりの年配(75歳以上)の人もいるけど、登っていた。 みんな元気だな〜
        「寿山公園」 「忠烈祠」              「寿山公園」「忠烈祠」 
          「寿山公園」                       「寿山公園」 
 その後、お土産屋さんの民芸品店に寄った。
 日本で売っているより安いと云うので、からすみを買った。(笑)
 生マンゴージュースが売っていたので、主人と半分づつ飲んだ。 美味しかった〜
 3時間30分位かかるという台東に向けて、バスは出発。
          バスの車窓からパイナップルなどの果物の畑やバナナの木
         台東に行く途中にお昼 休憩。       昼食は郷土料理。
 昼食後、バス移動して「三仙台」へ。。途中、窓から海が見えてきた。
 バスを降りて、少し歩くと素晴らしい景色が広がっていた。
 晴れ渡った青い空、そして真っ青な海。 海はいいな〜(笑)
 「三仙台」 資料より
 台東市の北方約65kmにある巨大な三つの岩が並ぶ観光名所。
 元々は火山岩からなる岬が、海水の浸食を受け先端が離れ小島となった。
 伝説によれば、3人の仙人がこの地に滞在した際の痕跡がこの島の
 中央にある3つの巨岩で、このため三仙台と言われている。
                          


2013年11月14日  その後の観光
  2013年11月14日(木)  台東 「八仙洞」  花蓮の「北回帰線標誌」
 「八仙洞」 資料より
 約130年前に発見された台湾の遺跡の中で最も古い遺跡。
 霊岩、潮音、永安、乾元、海雷など十数の洞窟がある。
 洞窟内から旧石器時代の遺跡も発見され、台湾の一級史跡に指定されている。
 最近の調査で、洞窟内から古い火を炊いた跡も発見されて、放射性炭素年代測定を
 した結果、2万年以上前のものであると測定された。
                     
 「八仙洞」 は切り立った岩や洞窟と、パワースポットのような空気があった。
 厳かな気持ちにもなって、仏像の前で手を合わせた。
 バスで花蓮移動(3時間)。 途中、花蓮の「北回帰線標誌」へ(熱帯と亜熱帯の境目)
 きのうは嘉義の「北回帰線標誌公園」に寄ったが、台湾には何か所もあるんだね。
 今日はバスでの移動が長かった。 ほとんどの人は寝ていた。
 夕飯まで時間があったので、ホテルのそばの夜市へ出かけてみた。
 小籠包(ショーロンポー)が美味しいお店をガイドの林(リン)さんに教えてもらったが、
 残念な事に、今日は休みだった。
 そのそばに行列が出来ているお店があったので、1個だけ買ってみた。
 熱々で美味しかったのだが、小型の肉まんという感じだった。
 肉まんと思って食べると、皮も、中に入っている肉のあんも本当に美味しかった。
 夕食の前なので、主人と半分にして食べたので、まだ充分にお腹はすいていた。(笑)
 今日の夕食は広東料理。 次から次へと料理が運ばれてくる。
 毎食、お腹が苦しい程に食べている私。 体重増加が気になる〜(笑)
 今日の休憩の時に立ちよったお店で、釈迦頭(しゃかとう)と云う果物を買った。
 夕食後、部屋に戻り、NHKのテレビを見た後、寝る前に食べた。
 お店の人が、食べ頃の熟れたのを選んでくれたので、びっくりする程の甘さだった。
 スプーンで皮についているまわりの部分を、すくって食べた。 美味しい〜♪
 この果物は、日本では見た事はない。 さすが!果物天国の台湾だと思った。


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  2013年11月13日(水)   台湾 台中 「宝覚寺」  
 台湾ツアー2日目
 ホテルを7時30分出発なので、朝食は6時30分。 はや〜い!(笑)
 「宝覚寺」に向け出発した。 台湾人のガイドの林(りん)さんは、年齢60歳。
 ユーモアたっぷりの面白い話しで、楽しいガイドをしてくれる人だ。
 「宝覚寺」 資料より
 1928年建立の仏教寺院で、高さ約30メートルもある大きな弥勒大仏の像が有名な他、
 戦前台湾で亡くなった日本人居留者約1万4000人の遺骨が納められており、
 大悲講堂には日本の国宝仏像解夢観音(奈良法隆寺)が祭られ、友愛鐘楼には
 日台友好を祈願し、日本から送られた鐘があります。
              「宝覚寺」                   「弥勒大仏」
 バスに揺られて「日月潭」まで1時間あまりで着いた。
 ガイドさんが、いろいろ説明してくれていたが、かなりの人が、バスの揺れで
 気持ち良かったのか、きのうの夜が眠れなかったのか、うとうとしていた。
 主人は睡眠たっぷりと必要なタイプなので、バスに乗ったとたんに すぐ寝てしまった。
 私はというと睡眠不足気味だったが、話しが面白かったので、バッチリと聞いていた。
 「日月潭」 資料より
 今から約二千年前に偶然発見された天然湖で、台中市の東南約40km、
 台湾のほぼ中央部に位置する周囲約25km、水深約30mの湖であり、
 台湾有数の景勝地といわれている。
 湖の北側の形は太陽に、南(南西)側の形は月に似ていることから、それぞれ、
 日潭、月潭と呼ばれ、全体で日月潭と呼ばれているようである。
           「日月潭」                       「日月潭」
 「文武廟」 資料より
 日月潭の湖畔北部にあり、日月潭湖畔観光のハイライトスポットである。
 廟は1938年に建立され、1975年に再建された中国宮殿式の廟宇で、廟としては
 台湾で最大級のものといわれている
             「文武廟」                    「文武廟」             
             「文武廟」                    「文武廟」
 昼食は、蒸してある飲茶で小籠包(ショーロンポー)、焼売、餃子、肉まん、
 肉団子など5種類だった。
 他に海老入りチャーハン、パイナップル餡の入った甘い春巻きなど。。
 果物は「柳丁(リュウティン)」というオレンジ。
 初めて見た果物だったので、レモンなのかと思い、料理にかけるものかと思った。
 だが、食べてみると、甘〜い柑橘類の美味しさで これは果物なのだと驚いた。
               飲茶                         餅                      
              チャーハン                   スープ
        パイナップル餡の春巻き        「柳丁(リュウティン)」「台湾オレンジ」                        


昼食後の観光
  台南 「赤嵌楼(せっかんろう)」 「延平郡王祠」  高雄 「蓮池潭」 「龍成宮」 「三鳳宮」
 台湾ツアー2日目、後半へ
 台南へ(約2時間30分) 途中 嘉義にて「北回帰線標誌」
 「赤嵌楼(せっかんろう)」 「延平郡王祠」 
 高雄へ 「蓮池潭(れんちたん)」 「龍成宮」 「三鳳宮」
 夕食後 六合二路の夜市(ろくごうよいち)散策
      嘉義 「北回帰線標誌公園」          北回帰線(熱帯と亜熱帯の境目)
 北回帰線は北緯23.5度にあって、太陽が垂直に北半球を照らす場所。
 亜熱帯と熱帯の境界線だと説明された。
 ガイドさんが、その境界線の前で写真を撮ってあげましょうと、言ってくれたので
 みんな順番に写してもらった。 
                     「赤嵌楼(せっかんろう)」
 「赤嵌楼」 資料より
 オランダ植民地時代にオランダ人が建てたたてもので、
 元はプロデンシャ城(紅毛楼)と呼ばれていました。
 その後、地震で全壊したので、現在の建物はその当時のものではありませんが
 一部に当時の赤レンガで出来ている城壁が残っています。
                       「延平郡王祠」
 「延平郡王祠」 資料より
 台南市の西区開山路にある、鄭成功(ていせいこう)を祀る祠。
 鄭成功は台湾島のオランダ勢力を駆逐して、1661年に同国による
 植民地支配を終わらせた人物。 「開山王廟」と名づけられたが、
 1896年に台湾統治を開始した日本により「開山神社」と改称され、
 戦後、中華民国政府によって社殿が取り壊され、中国北方式建築を
 模した鉄筋コンクリート製の廟(びょう)が建設されて、今日に至っている。
                      「蓮池潭(れんちたん)」
 「蓮池潭(れんちたん)」 資料より
 台湾第二の大都市である高雄にある「蓮花潭」は、高雄を代表する観光地です。
 北郊外にある淡水湖で、ここのハイライトは「竜虎塔」。
 湖上に七重の塔が二つ建てられている。 左側の塔には大きく口を開けた竜が
 つけられており、右の塔にはこれも大きく口を開けた虎がつけられている。
 塔に行くには、橋を渡らねばならないが、悪魔はくねくねと曲がっては歩けないと
 いわれている。悪魔が渡ってこれないように、曲がった橋が架けられているという。
 橋を渡り、竜の口から入り、塔に登って虎の口から出るというのが順路である。
 決して虎の口から入ってはならないとされている
 龍の口から入り、螺旋階段を登り、7階まで上がり、下を見た。
 やはり違う景色が見えた。 集合時間が心配だったので勢いをつけて
 駆け登ったので、は〜は〜と息を切らしたが、この景色が見られて良かった〜
 主人は龍の口から入り、虎の口からで出て終わり、塔には登らなかった。(笑)
      「蓮池潭(れんちたん)」のくねくね曲がった橋。(塔の七階から撮影した写真)
                          「三鳳宮」
 「三鳳宮」 資料より
 1672年に建立された"太子爺"(中壇元帥)を主祀とする、三鳳宮。
 主祀の"太子爺"は、中壇元帥とも呼ばれ、佛教の護法神といわれています。
 インドの神様に由来し、強力な武力を持つ神様。
 甲冑を着た、7歳の少年の姿で表されます。
 1階には(中壇元帥)の他に、福徳正神や註生娘娘が祀られています。
 2階にはお釈迦様や観音菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩などが、
 3階には玉皇上帝が祀られています。
                          「龍成宮」                                                           
 「龍成宮」 資料より
 300年以上にわたり、五甲地域の10万人以上の人々にとっての信仰の中心であり、
 鳳山市の多くの寺や廟の中で、最大規模の廟と言えます。
 精緻な石の彫刻は中国から渡来した石工の師匠たちによる作品です。
 五甲庄民は代々農業に従事していたが、高雄前鎮が全国の工業の重鎮になったのに
 合わせて五甲も都市計画用地を納入し、多くの農民が一夜にして「土地成金」となった。
 「海鮮料理」がメインの夕食は、かなり美味しかった。
 魚の名前が分からなかったが、1匹丸ごとで料理されていたのだが、
 その写真を撮る事が出来ず、残念だった。 銘々皿取り分けられた料理の写真。
 食事の後、六合二路の夜市(ろくごうよいち)の散策となった。
 主人は歩くのが速いので、ゆっくり見る事も出来ず、写真を写すだけで精いっぱい!
 蟹、大海老、アワビなどの高級品やその他の魚や貝類などが売っていた。
 夕飯を食べた後なので、お腹がいっぱい!!夕飯前なら食べてみたかった。
 同じツアーのメンバーの中で、いろいろ食べている人達もたくさんいた。
 洋服や靴、バッグ、その他 雑貨類なども売っている所もあった。
 観光客でかなりの混雑なので、主人と、はぐれないようにと神経をつかった。(笑)。
 夜市の雰囲気は味わったので、良しとしよう〜。
                   六合二路の夜市(ろくごうよいち)


写真の上をクリックすると大きな写真になります。
  2013年11月12日(火)   台湾   台中泊    
 今日から4泊5日の台湾ツアーに出発! 
 成田空港そばの駐車場に車を預け、第2ターミナル3階まで、送ってもらった。
 「JTB団体専用カウンター」で受け付けをして、搭乗手続きをした。
 かなり余裕を持って家を出たので、出発まで、かなりの時間があった。
 夕食の機内食は、シーフードと豚肉の2種類を選び、主人と半分づつ食べた。
 無事、台北(桃園国際空港)に到着。 きれいで規模の大きい空港だった。
 その後、26名のツアー参加者の確認後、バスで台中まで移動、ホテルにチェックイン。  


写真の上をクリックすると大きな写真になります。
  2013年11月7日(木)    宇都宮       最高気温14.4℃     
 11月に入り、めっきり寒くなってきたこの頃。
 海外で暮らす子供達の様子をフェイスブックで見て、元気でいると分かるので嬉しい。
 フェイスブックより
 10月2日
 中国は昨日から国慶節休暇です。そこで、毎年恒例の沖縄に来ています。
 今年は比較的暖かく、海に入れます。透明度高過ぎ。最高!!! 場所: 水納島
 10月27日
 今日は息子の幼稚園の運動会。去年は島の問題で中止でしたので、二年越しの開催。
 子供達の笑顔を見て幸せな気持ちになりました。   場所: 上海日本人学校 浦東校

 中国の休日は1月末から2月の「春節」と10月の「国慶節」。
 日本で云うとゴールデンウィークとお盆、そして年末、年始の休暇のような感じかな?
 貞治家族は毎年、必ず沖縄に遊びに行っている。
 中国に転勤してからも、行っているので、沖縄の海は、特別に素晴らしいんだね。
 透明感のある海でパパに抱っこされて嬉しそうな笑顔の梨子。
 昨年、9月に尖閣諸島の国有化問題で半日運動が起きて大変だった。
 その影響で、幼稚園の運動会は中止となってしまったのだ。
 今年は無事、開催出来た。 上海の幼稚園の運動会で笑顔の柑太。
 徒競走では1位だったらしい。 足が速いのかな〜  拍手!!
 フェイスブック
 10月11日
 今日は長男光汰朗の7歳の誕生日。 チョコショートケーキのリクエスト。
 朝から頑張りました\(^o^)/
 10月31日
 今日はハロウィン。こちらのマンションでもやりましたー。
 世帯数が多いのでお菓子山盛り。しばらく買わなくて良さそうです。
 
 毎年、子供たちの誕生日にケーキを作る美映。
 風邪をひいて体調が悪く、熱が出ていてもケーキは焼いているみたいだ。
 1年に3回、頑張っている。 子供達は自分のためにママが焼いてくれたと嬉しそう〜
 10月31日はハロウィン。 マンションの家々を回ってお菓子をもらう。
 アメリカでは、当たり前のハロウィンのイベントが、世界で広まっているんだね。
 それぞれに、ちょっぴりハロウィン風の洋服を着て仮装した気分で写真に写っているね。
 12月に2週間の日程で、またタイ、バンコクへ遊びに行く予定。
 4月に宇都宮で会った時より、大分成長しているのかな〜 特に朝大が。。(笑)

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